死ぬよ

ナンパの真実

どうも、マリスです。

子供の頃って、周囲の大人たちを見て、
「自分もいつか大人になるんだ。」っていう実感ってありましたかね。

俺には無かったです。

「自分は子供で、彼らは大人。自分と彼らは別のもの。」みたいな感じでいました。

今この記事を読んで下さってるあなたが何歳なのか知らないですけど、
仮に30歳以上だとして、
ご自身が10代、20代だった時に、
「自分も30代以上のおっさんになっていくんだ。」っていう実感ってありましたかね。

俺には無かったです。

もちろん、10代20代にもなれば子供じゃないんで、
理屈として毎年毎年年齢を重ねていくことくらいはわかりますよ。

永遠に同じ年のまま、なんて話はありえない事くらい、理屈ではわかっていましたよ。

でも、”リアルな実感として”、「しばらくしたら、30代のおっさんに俺もなるんだ。」っていう臨場感はまるで無かったですね。

子供の頃と同じように、
「俺は若者で、彼らはおっさん。」みたいに、
分離した考えを持っていました。

実際、俺がナンパを始めた2006年頃、
俺は20代前半だったんですが、
その頃も今と同じように30代・40代のナンパ師っていうのはいまして、

普通に絡む時は表面的には丁寧に対応するんですけど、
心の中では、
「うわ~、歳いってんな~。おっさんだな~、、、。」みたいな事は
正直思ってしまったりしていたのですね。

自分もいつかそうなるにも関わらず、
自分とは全く違う別の生き物を見るかのように、
「彼らはおっさんで、俺は若者。」っていう見方をしてました。

で、そこから10年以上が経過し、
どうなったか。

当たり前すぎる話なのですけど、俺も30代になりました。

世間的には完全におっさんです。

俺がまだ20代前半の頃に、心の中で、「うわ~、おっさんだな~、、。」と思って見ていた対象の人たちと同じような年齢に実際になってしまいました。

20代前半だった事は、自分が30代のおっさんになるだなんて、
理屈としては当然の事として理解していながらも、
リアルな実感として臨場感を持って、「あと〇年したら俺も、30代のおっさんかー。」ていう感覚は全く無かった。

でも、月日がたって、実際に30代になった。

俺と同じような感覚持ってる人って、多分それなりにいると思います。

で、
さらに当たり前すぎる話なのですけど、
今から10年くらい経てば、今より10歳、歳食ってる状態になるわけだし、
今から20年くらい経てば、今より20歳、歳食ってる状態になるわけです。

俺の場合だと、
今から20年くらい経ったら、50代前半~50代半ばになってます。

これに関しても、
これまでと同様に、リアルな実感として、”50代の俺”っていうのは臨場感を持って感じる事はできていないです。

ただ、そんな事言っても、
10年経てば、10歳分の歳を重ねているし、
20年経てば、20歳分の歳を重ねているし、
さらに50年とかそれ以上経つ頃には、死=人生の終了っていうフェーズがきて、
実際に、死んで、人生が終了する瞬間てのもくるわけです。

これも同様に、
理屈としてはわかってるけど、
自分にも死ぬ時がくる、っていうのをリアルな臨場感を持って感じる事はできていない状態です。

ただ、いつか「必ず」死ぬわけですね。

死ぬ確率は100%であって、これまでの人類で死ななかった人っていうのは1人もいないわけです。

いつか死ぬわけで、
今当たり前に生きているこの毎日、人生ってのにも確実に『終わり』があるものなのですね。

そんな事いうと少し悲しい気分や寂しい気分になってしまう部分があるものの、
いつか死ぬという事実を認識し、今当たり前のこの日常ってのもいつか終わる時がくる、っていう事を意識する事で、
逆に、
失敗を恐れる気持ちが和らいだり、行動力が増したり、もっと人生を楽しむ事に貪欲になるプラスの感情も沸いてきませんでしょうか?

この人生が完全に終了する、っていう事に比べて、
それよりダメージの大きい失敗って何かありますでしょうか。

仕事でプレゼンをミスるのが怖いとか、
嫌な上司に言い返せないとか、
ナンパで女の子に声をかけるのが怖いとか、
女の子にアポをドタキャンされたとか、
ナンパで女の子を連れ出せないとか、
いつか人生自体が終了してしまう事を意識できれば、
マジでカスみたいな悩みに思えてきませんでしょうか。

人生がいつまでも続く永遠のものだと思っているから、カスみたいな事に頭を悩ませるのですね。

この人生は有限である、この人生には終わりがくる、
っていう事を認識した途端、

これまでクヨクヨしていた事は実はカスみたいな問題である事に気づき、

これまで、「だり~からやめとこ~、、、」って感じでダラダラとウダウダとしていたような事でも「よし、やってみるか」とモチベーションがわき、

現実の世界でどういった事が起きようとも、少なくとも俺自身の心の中は満たされた状態でいたい、幸せを感じていたい、というように、周りにブラされずに幸せを貪欲に追及していく気持ちが強まるのですね。

ニートとして毎日が日曜日、この先ず~っと日曜日、終わる事のない日曜日が続く状態と、
平日週5日働き、休みは土曜日と日曜日の2日しかなく、月曜日を迎えた時点で休みは終了!、って感じで、
この場合であれば、”休み”ってものが有限であり、終わりのあるものだ、っていう認識を持った状態で過ごす土曜日と日曜日の方が、
ニートとして過ごす”毎日日曜日状態”の日曜日よりも、クオリティーは上がりませんでしょうか。

ダラダラ無益に過ごしたり、クヨクヨしょうもない事に悩んだり、幸せを感じる事ができない状態で不満タラタラで過ごすのはもったいない、という気持ちが沸いて、
よりクオリティー高く、より幸せを感じる事ができる過ごし方を模索する気にならないでしょうか。

俺はなります。

今の状態が無限に続くかのような意識でいるよりも、今の状態にも終わりがあって有限でしかない意識でいる方が、
クオリティー高く生きられると思っています。

ナンパという行為も、
人生という有限の、終わりがあるステージの中で行う1つのアクティビティに過ぎません。

大切なのは、人生というステージの中で、より多くの幸せを感じる事。

人生という有限のステージの中で、より多くの幸せを感じる事が一番大切って事を認識した上で、
それぞれご自身に合った最適な形で、
日々の生活にナンパを取り入れて頂きたいですね。

ナンパで、他のナンパ師と争って疲弊して、人生全体の幸福度が下がっているようでは本末転倒。

ナンパで、スト値(ルックスのレベル)という概念が自分の中に生まれた事で、自分のスト値(ルックスのレベル)の低さに気づき、
鏡の前にたつたびに沈んだ気持ちになり、毎日自信無く生きるのも本末転倒です。

一番重要なのは、
人生全体において感じる事のできる幸せの絶対量を多くする事である、という最重要ポイントから逸脱する事なく、
ご自身にとって最適な形でナンパに取り組んで頂ければと思います。

ありがとうございました。

コメント

  1. n より:

    同年代です。
    俺も若い時は人生の延長線上におじさん、おじいさんになった自分がいる実感は全くなかっです。

    いつか死ぬからこそこの世に生きた証、つまりは子供を残したいと思うようになりました。マリスさんはどうですか?
    ナンパに膨大な時間を費やし短期的な快楽を繰り返すのも楽しいですが、長い目で見ると後に残るものが思い出くらいしかありません。

    • marris marris より:

      >nさん
      子供ですか!
      いいですね!

      自分は、うっすらとは思うようになってきました。

      長期的視野で人生を見られるようになるのは、成長でしょうね☆

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